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2009年 11月 03日
セールス電話がかかってくる。
その中の一本。 光ケーブルのセールス :もしもし、○○のxxxですが、今度そちらでも光ケーブルがお使いになれるようになりました。 どなたかパソコンをお使いの方いらっしゃいますか? (またかよ、せっかく御飯たべてるときに、まぁ、どうせその気はないけど、一通りしゃべらせるか) :はい。 :光ケーブルというと、みなさん電話回線込みだと、ものすごく高いというイメージがあると思われるようですが、今回、回線代を値下げさせていただきまして。 :そうですか、それで、全部込みでおいくらですか。 :あの、それについては、のちほど担当のものが また改めて電話させていただきますので、 (この当たりでだんだん、イライラしてきた) :あなただって、そのくらいの金額わかるでしょう? それ聞いてから、くわしい話を聞くかどうか考えますから、教えてくださいよ。 :いえ、それは、別の担当になってますので、 :じゃ、あなたは、ここまでしかしゃべりません、ということなの? :はいそうです。 ですから詳しくは担当のものに電話させていただきたいのですが、いつ頃がよろしいでしょうか? :いつ頃って、いまいるから、すぐに電話してもらってもいいわよ。 (光ケーブルも普及してきて、かなり金額さげてきてるみたいだから、タイミングみて乗り換えてもいいとは思ってるけど) :そうですか、あの、その前に、2、3お聞きしたいのですが? :なんですか? :パソコンのOSは、なんでしょうか? :はぁ? よく覚えてませんけど、何か料金に関係あるんですか、 (この辺でかなりキレかかった。 あまり古いバージョンだと、光にしても駄目なんですかね。) :じゃ、これでいいですか? :もうすこし、一軒家にお住まいですか、アパートですか? (ここで完全にキレた) :あのね、だいたいの料金ぐらいわかるでしょ。 それは言わないで、なんでそんなこと聞くわけ。 もう結構です。 あとから考えると集合住宅と一軒家ではシステムちがうのよね。 ここまでキレなくてもとおもったけど。 いままでさんざん光ケーブルのセールス電話きたけど、2段階の電話というのは初めてである。 件の内容を参考に検索してみたけど、いままでどおりのほうがまだやすいわね。 2008年 09月 22日
福岡市西区の小戸(おど)公園で同市立内浜小1年の富石弘輝(こうき)君(6)が殺害された事件で、福岡県警西署捜査本部は22日朝、母親の薫容疑者(35)を殺人などの容疑で逮捕した。容疑を認めているという。薫容疑者は最近、子育てに悩んでいたといい、動機などを追及する。(ヤフーニュースより)
_____ ただ、ただ、やりきれない。 どうして、、、といっても、その時の気持ちは、本人にしかわからないんだろうな。 2008年 09月 16日
2日続けての、アメリカ兵士の番組。
1日目は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして、イラク戦争にいった男性兵士たち。 人に向けて銃を発砲することに、たいていの人は当たり前といえば当たり前だが、最初は、躊躇する。 その心理をいかにして、躊躇することなく、発砲できるまでに訓練するか。 的を人型にする。 画面で、一般人と軍人を区別して瞬時にうつ練習 2日目は、母親兵士の話。 生活のために軍人という職業を選んだ女性たち。 後方支援が、主な任務でも、いつどこで、闘う場面がこないとも限らない。 少年のテロリストを反射的にうってしまい、帰国してからも、その光景に悩まされる女性。 任務を終えても元の精神状態に戻れず子供たちに愛情を示せなくなった女性。 人間を人間と思わなくする訓練。 戦死者だけでなく、この訓練を受けた人々も戦争の犠牲者。 ネットゲームの中で、闘うことを楽しむ子供たち。 日常から離れて、ネットの中に第二の生活を見いだすこと。 話して全く日常に影響を及ぼさないものであろうか、、、 2008年 08月 19日
孫の守を数日しながら、思ったこと。
食べて、出して、 起きてる間は、あちこちと冒険しながら、毎日新しいことを、学習してるな、、、 そして、大きくなって、更に、歳をとって、やっぱり、食べて、出して、、、 そして、最後の瞬間まで、新しい事が学習できるのか、 それとも、学習したものをドンドン、捨てていくのか、、、 病院に、健康診断にいったら、隣にかなりの年配の男性が、注射を打ってもらいながら、ブツブツ。 「生きてていいことなんか、何もないよ。」 2008年 06月 07日
御所掛自然研究路の出発地点からまもなく、「オナメ・モトメ」という場所がある。
温泉水が、2カ所、蒸気をあげながらボコボコと迫力ある姿をみせてくれる。 ここには、 こんな伝説があるそうな。 それにしても、川に大きな石があったり、湖があったりすると、必ずのように、うら若き乙女が、恋の為に飛び込んだ悲劇の話がつくられている。 「オナメ・モトメ」の場合は、妾と本妻の悲劇だけど、男性は、恋に命は賭けないみたいです。 物語をつくったのは、男性? 自分のために女性が命をかけてくれるのが、憧れなのかもしれないですね。 逆にいえば、そんな女性は少ないよ、、、ってことかしら? (^_^; 2008年 05月 17日
探検ロマン世界遺産「追憶 シバの女王・幸福のアラビア〜イエメン・サヌア〜」
シバの女王 の言葉に惹かれてみたけれど、あまり関係なかった。 サヌアの発展した理由。 乳香 次にコーヒーの交易による。 そこで、モカマタリ。 昔「コーヒールンバ」という歌があったが、そこにでてきたわけもわからず、口ずさんでた「モカマタリ」。 コーヒー豆の種類だったのね。 それにしても、レポーターの女性以外、周りは男性ばかり。 この国での、女性の地位は、どんなものなのかしら? 結婚式の場面が最後に出てきたけど、花嫁さんは、映ってなかった。 もしかして許可されなかった? 2008年 05月 17日
探検ロマン世界遺産「追憶 シバの女王・幸福のアラビア〜イエメン・サヌア〜」
シバの女王 の言葉に惹かれて 2008年 03月 30日
痴漢行為とは、大袈裟だが、いつもお世話になってる温泉での出来事。
脱衣所にて、 申し訳ないけど、かなりのペチャパイのお母さんと、3歳、4歳くらいと思われる女の子と男の子の親子。 よくある光景。 おかあさんは、子供をみながら、洋服の前後とか、靴下の裏表とか、注意しながら、洋服を着ていた。ここまでは、和やかな風景 そこへ、胸の豊かな、おばあちゃんが入ってきて、洋服を脱ぎ始めた。 すると、男の子が、ツカツカとよっていって、そのおばあちゃんの胸を触り始めるではないか。 :大丈夫だよ、おばあちゃんは、胸を触らせながら、孫を育てたから平気だよ。 と、「触らせ放題」 お母さんは? と見ると、 :すみませんねーー。 女湯に連れてきたのはひさしぶりなもので。 (そんな話じゃないだろう。 これに味を占めて他の人のも触るようになるよ) 案の定、ほかの人のところにも、 :ごめんね。おばちゃんだめ! (オイオイ、こっちにくるなよな) と思いつつ。急いで洋服を着てしまいました。 これも、別の温泉での出来事だが、 脱衣所の入口に、お母さんが出てくるのをまっているのだろうが、5年生か6年生くらいと思われるかなり大きな男の子が、ドッカと座っていた。 なんとなく、脱衣所の周りを見回してるような様子。 (小学生でも、こんなに大きな子に、裸、見せたくないな) つい影に隠れてしまいましたが、自意識過剰? (^_^; お母さんはしばらくして何事もなかったように、一緒に出ていったが、こういう場合、ロビーででも、待ち合わせしてほしいな。 嘗て、よく同居人と温泉にいったが、場所を決めてそこでまってるくらいのことはできた。 2008年 02月 16日
生徒さんの1人が、やってきて、何の前置きもなく、
「あいにくですが らいしゅうは これません」といってきた。 (可能の意味の「ら抜き」言葉は、かなり使用頻度があがってきたので、いまでは、いちいち訂正することはない。) 「わかりました」と答えたのだが、「ん? ここで、生憎ですが は、どこか違和感があるな」と、直感で思ったので、「わかりましたが、あいにくですが、ではなく 残念ですが、の方が正しい日本語ですよ」と訂正した。 時間がなかったので、理由まで説明できなかったが、次回は、まず この言葉の使い方から授業に入る予定。 日本人なら、直感でおかしいと感じられることも、外国人に説明するということになると、どういう順番でやればいいのか、頭を悩ませることが多い。 悩ませた結果、解決策が見つかりうまく相手に説明できたときは、ハードル1つクリアということで、嬉しいのだけども。 ちなみにこの日本語講座は、プロフィットを追求するものではないので、彼が、授業を休んでも、こちらに不都合があるということはない。 この前提が、「あいにくですが、、、」の言葉に違和感を感じた原因である。 さて、次回の授業がどう展開するか。 生徒さん達がかなり熱心に日本語を勉強してるだけに、楽しみである。 2008年 02月 15日
昨晩の夜のテレビで、「遺影の撮影」をしている番組を偶然みた。
相手は、みなさん、お年寄り。 もう人生の寿命は、あまり残ってないと思われる。 案の定、死ぬ準備をしてるみたいだから嫌だと言う人もいる。 最後には、その人も、納得して、ニッコリとした表情の写真をとってもらうのだけれども。 遺影は、確かに、可能性としては、一番子孫に受け継がれる可能性はあるけど、我が家は、気にいってるスナップ写真を使った。 祖父母は、毎年、正月に親戚縁者が集まったとき「葬式の写真になるかも」といいながら、写真をとっていたのを思い出す。 どんな写真を選ぶか。 残されたものにとっては、あわただしい葬儀の合間に、結構時間をかけるのではないでしょうか? いつ亡くなるか、わからないから、遺書と一緒に、生きてるうちに、何枚か希望の写真をおいておくのも、悪くないアイディアだと思うこのごろです。 だって、その写真には、故人の意思がはいってるんだもの。 できれば、亡くなったときに近い写真を選んだ方がいいのかしら? と思ったけど、それは生きてる人間の考えること。10年20年たてば、関係なくなるのかもね。 蛇足: 父親の遺影も、紋付の着せ替えじゃなく、ジャンパーのままのスナップ写真でいいと、そのままです。
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